眞言律宗西大寺の末寺。
寺伝によると741年(天平13)行基菩薩が木津川に橋を架けられたが其の後洪水の為、橋が流れ、1288年(正應元年)再び橋を架けようとしたところが川の中に半分残った橋柱の一本が時々光を放つので不思議がられていた。
当時、この付近に住んでいた橘次郎大夫守安という大和国西大寺の僧、慈真和尚に不思議な橋柱の話をした。
それを聞いた慈真和尚はその橋柱に文殊菩薩像を刻むことをすすめた。
そこで守安は、仏師の安阿彌にこの像を彫刻させお堂をつくり安置した。
智恵の文殊菩薩は渡海文殊の一種で獅子の上の蓮華座に座し、きれいな彩色が施されている。